【12】得るは捨つるにあり(捨我得全)
「気づいたらすぐする」ことが物事をしとげる秘訣である。
又大切なことは、十分に研究調査し、準備を完全にして、時がきたと思えば、一気かせいにやってやりぬく。おしておして押し通す。
しかし1度には出来ない事が多い。
第1回にうまく行かねば、第2回、又第3回と、何度も何度もくりかえし、うまずたゆまずくりかえす。
点滴石をうがつ、固い土に棒杭を打ちこむようなもので、何度か打っている間にぎっしりと入って、もうこんりんざい動かなくなる。
又最初失敗すること、これは尊い月謝である。
喜んで又改めてとりかかると、いつか大きい成功の栄冠がかがやく。
しかし、どうしてもできぬ事がある。行くも帰るも、にっちもさっちも行かなくなる。
その時である、古今独歩の妙手は、こうした無類の窮境に生れる。
東西無比の秘術はこの時生れるのだと思って、何の未練も、予想も、後悔もなく、きれいさっぱりと捨ててしまう。
こうした一生に2度と出あうことのない大窮地に陥った時こそ、度胸の見せどころである。
一切をなげうって、捨ててしまう。
地位も、名誉も、財産も、生命も、このときどういう結果が生れるであろうか。
まことに思いもよらぬ好結果が、突如として現われる。
いわゆる奇蹟というのは、こうした瞬間に起る、常識をはるかに超えた現象に名づけたものである。
重病人が、しずかに自分の天職を考えて、「ああ私は、畳の上で死ぬのではなかった、船乗だった、よし船で死のう。
かついで行って乗せてくれ」と、愛船にかつぎ乗せられた。
その瞬間、死の直前にあった脚気が一時に直ったという。
こうした体験は、会友の間では、奇蹟ではなく、もう常識になっている。
事業の上でも経済の上でも、その他奇禍にあった場合でも、恐れ、憂え、怒り、急ぎ等々の私情雑念をさっぱりと捨てて、運を天に任せる明朗闊達な心境に達した時、必ず危難をのがれることが出来る。
見事に窮地を脱することは、古人の体験であり、「窮すれば通ず」とは,このことをいうのである。
この事実は会友の幾百千の実験が、はっきりと証明するところである。